2013年04月22日

お茶でものんでいきんさい

断事観三昧初期の記事に、なんとなく姉のことを書いている。
聞こえないことに関して書くには「勉強が足りない」などと逃げて、話を終えている。

実は「勉強しよう」なんてあんまり本気で思っちゃいなかった。
はは。
それから7年後の自分、気がついたら勉強してましたがな。


友人(あんちゃん)が月曜だけ、カフェを開いている。
月曜から金曜、毎晩違うカフェが営業の、シェアスペースの店。


昼間とか土日、結構あいてるんだって〜

鈴木もやろうかな

やるなら何を?

…手話カフェ??



軽い気持ちで言ってみたものの
一人ではできそうもない。仲間を探そう。気分はルフィさん。

手話カフェ、と銘打っちゃうには、鈴木の手話力は足りないし。
ネイティブのスタッフに来てもらえるよう、頼まないといけない。
ちょっと悩んで、
とにかくできるのかできないのか詳細を考え始めたら…
これが意外とはまってしまった。

できることからやればいいんじゃね?
手話が「メイン」じゃなく、手話も「いいよ」カフェならば?
おお。

中国茶でも飲んで、いいにおいで、おしゃべりできる店。
絵も飾ろう。音楽はかけない。目が楽しむ。

いいね〜

お茶は、鈴木が好きな蜜蘭茶など用意しちゃおう。これいい匂い。
工芸茶も用意しよう、これ目が楽しい。

デザートは何にしよう?
チーズケーキ!果物!マンゴー!

手話関係なくなってきたっ!笑

というわけで、隔週くらいでカフェを始めるかもしれません。
中国茶と手話のカフェ。

決まったら、お知らせします。

某温泉の喫煙室

posted by 鈴木 at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月19日

不当な権力からの弾圧。

姉とのコミュニケーションは主に指文字と筆談だったので、手話はほとんどできなかった。
20年以上たって手話学習を始めたのは、大学でろう教育関係を研究している先生に出会い、鈴木は手話をやらなイカン!と、使命感に燃えたから。

某手話講習会、今年3年目。
使命感に燃えていたので、主張がすぎたのか、ケンカとなること過去2回。

1回目のケンカは、私が日本手話の構造にこだわりすぎたせい。
2回めのケンカは、声つき手話の強制であった。

日本語対応手話と日本手話がある。
手話は言語だ。そう言ってみるのは簡単だ。
しかし、それがどういうことなのか理解できている手話講師・学習者はどれだけいるんだろう。

鈴木は言語学を勉強したから理解できるのであって、そうでない人に理解をしてもらうのは難しい。
学習者は全員が手話通訳者を目指しているわけでもなく、
全員がろうの友達がいるわけでもなく、ましてやろうの家族がいるわけでもなく、
ただ楽しく手話を勉強してみたいだけ、という人だっているわけで、
その人たちにあれやこれや説明したところで「??」となって、徒労に終わるのが常。

姉の家は、マルチモダリティである。

手話。
口話。
指文字だけ。
音声だけ。
筆談。
絵。
顔だけ。
声つき手話。
各種組み合わせ。

甥と話す時は、音声で話しながら手話もちょっとつける。
姉と話す時は、声なし。
誰も、手話を強制したり、声を強制したりはしない。

ところが、手話学習者というものは、時に声つき手話を「強制」される。
なんでだろ?
私たちは「手話を勉強中」なんだから、まずは手話だけで理解する訓練が必要じゃないの?
声いらないでしょ?

頭の中が手話のときは、声つき手話は、できない。
声つけて!と言われると、手話も、日本語も、混乱して何も出てこなくなる。

「声つき手話を依頼されることに違和感を覚える」などとやんわり表現される人もいるようだけど、
鈴木は「違和感」なんかじゃない。「嫌悪感」だ。

不当な権力からの弾圧。
権力を行使している側が、その権力の不当さに気付いていない。
音声日本語のほうが優越であるという無意識の「差別意識」から生まれる行為。
無知が生み出す「誤解」(手が動いていれば手話だから、ろう者に伝わると思っている)。
相手に悪気がないほど、こちらの傷は深い。

それで思わずカッとなったり、ひどく落ち込んだりしてしまう。
でもケンカしたおかげで、私の主張は、一部のクラスメイトには認知された。
とりあえず、鈴木さんに声を強制するとマズイ、ということはわかってもらえた模様。

「声なんて、いらないよ!」と言ってくれた、ろうの先生。
ありがとう。鈴木は、あきらめない。今に見ておれ!
手話通訳士に、俺は、なる!

でも、不要なケンカはしないように、気をつけます。
posted by 鈴木 at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 手話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月12日

帰ってきた断事観三昧。

久しぶりに部屋の掃除をしに来たら、ブログの設定の画面が変わっててもう何がなんやら…
でもちょっとずつ掃除して、また再開しようと思います。断事観三昧。

大学は卒業して、早1年。
いろんな技術や知識を身につけて…鈴木は今何をしてるかというと
手話の勉強をしながら、派遣バイト2つかけもちで日々を暮らしています。

それで、もう一か所学校に行こうと思ってる。
一生学費貧乏の予感。


ブログをやりたい時って、
何かを話したい時だ。

最近出会った某ブログの主、AZUさん。
時に危なっかしい。ハラハラしながらも、目を離せない。
自分と闘いながら、深く深く自分の心にもぐっていって、沈まず、浮かび上がってくる人。
「世界中さがせば、いるんだな。自分とおんなじような生き物。」

この人と話したいな。毎日読んでるうちに思いがつのって、
鈴木、思わず、昔ならした「あのHN」で参入。(笑)

コメント欄に文章を残すと、返事がくる。
ああ、昔の、「あのHN」時代の、楽しかった、冴えわたる文章応戦が、よみがえるよみがえる。

それで、断事観三昧も火入れしとこかな、思いました。
それになんだか、これから話したいことがたくさん出てくる予感。予感。予感。


NEW断事観三昧、よろしくお願いいたします。

鈴木。
posted by 鈴木 at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 断事観三昧とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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